夢違科学世紀についての考察

執筆:2005年2月13日
猫屋敷ナユタさんによる考察追記:2005年3月19日



上海アリス幻樂団の新作CD『夢違科学世紀 〜 Changeability of Strange Dream』。
前作と違うのは、12ページにも及ぶショートストーリーが付属していること。




…何故考察をまとめるに至ったのか。
非常に気になる記述があったからに他ならない。
10曲目『幻想機械 〜 Phantom Factory』にある一節

「まさかメリーが(結界が)見える能力から操る能力に……なんてことはないと思うけど。」

結界を操る程度の能力。
それは今まで居なかった新しい能力の持ち主でも何でもない。
まさしく、八雲紫、その人の能力である。

…多少語弊がありますかね。
八雲紫の能力を正確に記述すると、あらゆる境界を操る能力、である。
といっても、ここでの“結界”は概ね“現実世界と幻想郷との境界”という意味で用いられることが多いわけで。
つまり、この場合の境界は、結界という単語の上位互換である言葉であると言えるだろう。

そういえば、メリーと紫、髪の色とか同じだし、似てると見えなくもないか?



とどのつまり、ここでの考察の主題は

“マエリベリー・ハーン(メリー)と八雲紫は、同一人物である。”

と、そういうことだ。
それに関連する2次的な考察もメインではありますけど。



…といえども、このことを徹底的に調査して証明するほどの知識・教養は持ち合わせておりません…
Parfait de Orangeさんの2月12日の日記にて、

“小泉『八雲』がラフカディオ・『ハーン』なのね!”

というなにやら気になることが書いてあったので、ちょっと検索してみた
…小泉八雲、別名は、パトリック・ラフカディオ・ハーン。だそうだ。
それで、“八雲”紫と、マエリベリー・“ハーン”なわけですか。・・・共通点、ね。


というわけで、メリーと紫が同一人物であることを裏付けるものをまとめると。

1.能力の相似
2.名前にまつわる共通点
3.外観の相似

外観はどうとでも言えるが、能力、そして名前は大きいですね。




そんなところで、第2回東方トーナメントで面白いSSが投稿されましたね。
いつまでもいっしょに』 作者:kuroさん

簡単にストーリーをまとめると。

博麗神社の結界に、蓮子とメリーが取り込まれる。
この際に離ればなれになった二人は、幻想郷にある博麗神社で落ち合おうと約束。
ここからメリー主体の文体に。
自身に迫る危機的状況の中で、結界を自身の力で開き、閉じる能力に開花。
同時に、人間から妖怪へと変化することにもなる。
といっても蓮子を探す意識に変化があるわけではなく、メリーは必至に探し続ける。
だが、蓮子どころか博麗神社も見つかることなく、無常に時は流れ続ける。
メリーもそれを忘れ、メリーという名すら忘れてしまったある日、彼女は博麗霊夢に遭遇。
後日、博麗神社にて、メリーは蓮子の形見である帽子と再開を果たす…


…今回の考察に関わる部分を重点的にまとめるとこんな感じ。
SSでは霊夢が蓮子の子孫となってますが、この点における創作は考察にあまり関係ないように思えるので割愛。


そういったストーリー展開的な部分は楽しむかどうかというところですが、
メリー=紫の考察においてはワタシの考えと非常に似通っている部分がありますね。



人間が妖怪に変化することについてもひとつ。
そもそも妖怪というものを考えるにあたって、空想的な思考回路から逃れることはできません。
現実的に実在する存在じゃあないんですから。
で、その空想的回路に従うと、妖怪変化するものには猫や狐などがいますね。
同じ生物である以上、人間が妖怪変化することに違和感こそあれ不思議なことではない、と考えられます。

上記のSSでは『ご先祖の誰かが妖怪だったのだろう』という設定を加えていますが、
別段妖怪の血が流れていようがいまいが、妖怪変化したとしても不思議ではない、とも言えますね。




で、ここからは秘封倶楽部の活動していた時代と、
東方紅魔郷〜永夜抄までの時代との関連というか違いについての考察。



東方紅魔郷〜永夜抄3作品における時間軸は、キャラの関係などから考えるに
この作品の順番通りに進行していると見て間違いはないだろう。
ただ、ゲームのストーリーからその時代背景を伺い知ることができる要素はほとんどない。
(ゲーム内の全てのエンディングを記憶しているわけではないので、
もしかしたら何か現代との接点があるものが?要研究、ってとこですか。)

先ほどのメリー=紫説に従えば、東方妖々夢で紫が出演していることから、
秘封倶楽部の活動する時代は妖々夢のそれより何世紀も過去の話だと推察される。
とすれば、秘封倶楽部の活動していた時代を推測することで、全ての時間軸がおぼろげながら見えるというわけだ。



まず、2曲目『華胥の夢』による記述

「結界の切れ目を探しては〜(省略)……禁止されてるんだけどね。」

結界の切れ目を見つけて飛び込むという能力を認識し、禁止するという下地ができあがっていることに注目。
これは今の我々の世界では考えられないことではないだろうか?
おそらく、そんなことは現実主義のもと棄却されてしまうに違いない。
ここから、秘封倶楽部の活動時期は現代ではないことが推察される。


また、先ほどの妖怪変化の話を裏付けるものだが

「うちの家系は昔から霊感はある方だったみたいだけど……。」

先祖が妖怪だった、等の設定にも真実味がでてきた、か?



3曲目『上海紅茶館 〜 Chinese Tea』。
まぁどう考えてもこの館は紅魔館であろう。
赤い屋敷、周囲の深緑、そして湖…ここまでの共通点を持ちながら、紅魔館以外の館である必然性がない。
お手伝いさんが出てきた…とある。
これが十六夜咲夜もしくは紅美鈴であるかどうかということだが、この記述だけでは判断できないとする。
咲夜や美鈴以前(もしくは以後)に他のお手伝いさんがいなかったとするのはあまりにも不自然ではないか?
時代が似通っているのならそれもありだが、違うならば別人と考えていいのではないだろうか。
…まぁ美鈴は妖怪なので、本人かもしれないが。
とにかく、決め手に欠ける、そういう結論。



4曲目『ヴォヤージュ1969』にて、またも気になる記述。

「天然の筍って、どういうものか知らなかったのよ。
合成の物しか見たことないもの。筍は味しか知らなかったの……」

さすがに現代では天然の筍は採れてますよね。穫れる、か?
ただ、天然の筍を見たこともない、というのは、近い未来に訪れそうな気もする。
食べているのが天然であるか合成であるかの前に、筍がどんなものかわからない。
味ではなく、形。
正直な話、これが遠い未来の話とはどうも思えないのだ。

憶測に過ぎない話でなんだが、とりあえず未来のこと、それも近未来であるとの想像を頭の片隅に。



6曲目『永夜の報い 〜 Imperishable Night』。
ここで描かれる竹林は、東方永夜抄のそれだろう。
だが、時間軸的なものはひとつも描かれてはいなさそうだ。
竹林など、人間によって乱されない自然はいつの時代でも同じであるはずだ。

気になるのは最後の記述

「そんな私の専攻は相対性精神学。
蓮子は超統一物理学だったわよね。最近はひもの研究、順調かしら?」

この二つの学問は、現代において明確に存在しているわけではないが似たような学問はあるといえるだろう。
それに、超ひも理論、別名超弦理論ならそれはすでに存在しているものだ。
…詳しい話は知りませんけどね。

この記述から、活動時代が近世、もしくは未来のいずれかであることが推測される。
未来としても、あまり突拍子も無いほどの未来ではないとも予測できる。
それほどの未来なら、おそらくひもの研究だって終わっているでしょうから。



7曲目から9曲目までより得られる情報。

まず、メリーの逃げ方。

「全く疲れは無かったわ。
まるで空でも飛んでいる様に移動していたから?」

得体の知れないものから逃げるという状況の下、メリーは正しい状況認識ができていない可能性が高い。
走って逃げたか飛んで逃げたか、どちらとも断定ができない。
が、舞台が幻想郷であること、紫との関連を考えれば飛んでいたと考えるのが妥当ではないか。


「今では絶滅した山犬だって河童だって3DCGで見られる時代なのに……」

見られる時代ということは、現代よりも過去であることを完全に否定できる材料となりうる。
現代といっても多少の年代のブレはあるが、せいぜい数年前からそれ以降が活動時代と見て間違いなさそうだ。


また、ここで出演する大鼠(これも、認識力の低下しているメリーによる記述)だが、
これに関連するものは東方3作品からも推測できない。
推測できてせいぜいてゐや慧音であるか?という程度だが、特徴にあまりにも相似点が少ない。
それらとは別のなにか、と考えるのが妥当か。ゲームには出てなかった。


で、問題は紅い光を発する女の子。
これも十中八九藤原妹紅であると推察できる。
しかし彼女は不老不死、いつの時代であっても存在していて不思議はない。



10曲目はこの考察を始めるに至ったものであるので割愛。
ただ、これに関連しての考察をあとでしていくが。



さて、あと考えるべきはZUNさんのあとがき。
考察の無かった1、5、11曲目についてはストーリー展開が主であり、
時間軸的なものについては得るものがないと判断したためである。


あとがきから気になる記述をいくつか抜き出すと…

「科学が進化すると天然の筍が食べられなくなるのでしょうか?可哀想に。」

「でも鴇の味噌汁は飲めるのかもしれない。合成で。」

「そう考えるとなんて未来は夢で溢れているんだろう。」


これはまぎれもなく現代の記述でありますね。当然ですが。
ここでも、『科学が進化すると』『未来は夢で溢れている』等の記述が。
やはり、秘封倶楽部の活動時代はいくばくかの未来であるのだ。




…さて、非常に長くなったがショートストーリーからの時代推察はこれで終了。整理すると…

・現代ではない。
・近未来の話か?
・突拍子もないほど未来のことではない。
・近世からそれ以降が活動時代。
・今より科学が進化している。

以上より、秘封倶楽部の活動している時代は、近未来であるとの結論がはじき出される。
どれほどの未来か…これは完全に個人的な憶測にしかならないが、1世紀か…2世紀くらい?
科学の進化の度合いにもよるので、正確にはわかる由もない。

ただ気になるのは…科学が進化して、それでいて
結界の切れ目を見つけて飛び込む能力を認識できるのかどうか。
まぁ、禁止の度合いもわからないのでこれ以上気にしてもどうにもなりませんね。


そして芋づる式にはじき出される結論が、上記の通り東方3作品の時代。
ワタシとしては、メリーが紫となるまでにかかる時間は相当なものだと思う。
それこそ数世紀くらい。上で紹介したSSよりももう少し長い?
でもまぁ妖怪変化したんなら力をつけるのも早いかな?


最終的な結論は、時間軸の流れとして
現代→秘封倶楽部→東方3作品
という順番が考えられるのではないか、ということ。




さて、またも話は変わる。
先ほど書いた、10曲目・11曲目、そしてこのCDのテーマ

“未来の悪夢を吉夢に変える。”

から考えた自己流の考察。
これは1月4日の日記で書いたものだが、それに多少加筆したものである。



関連する記述は、10曲目『幻想機械 〜 Phantom Factory』より

「メリーは気が付かないうちに、実際に結界の向こうに飛んでいる。それを夢だと思いこんでいる。」

「別の世界に居るときに、本人が夢ではないと気が付いてしまえば、もうこっちの世界に戻れなくなるかもしれない。」


11曲目『幽玄の槭樹 〜 Eternal Dream』より

「夢をただの脳が見せる虚像として、現実の一生理現象に組み込んだからよ。」

「夢と現実は違う。だから夢を現実に変えようと努力出来る。」



現時点でメリーの持つ『結界が見える程度の能力』この能力によって、メリーは夢の世界に飛んでいる。

これは、ワタシ達も持っている能力なのではないだろうか?

とはいえ、メリーほど並はずれたポテンシャルを備えているわけではない、少しばかりのもの。
メリーは夢の中で幻想郷に跳んだ…というより、実際に幻想郷に跳んでいる。
普通の人間よりも際だった能力を持っているため、幻想郷のものを現実に持ち帰ることが出来た。


もしかしたら、ワタシ達が夢と思っているもの、これも幻想郷なのではないのか?
夢は当然睡眠中に見るものだ。
その間、精神のみが結界を越え、幻想郷に迷い込んでいる。


これはワタシだけかもしれないが、確かに夢の中でどんな妙な状況にあろうとも、
あまり「これは夢だから」などと意識することは無い。
大体、起こっていることを深く考えずに受け入れている。
そして、肉体が『目覚め』を要求したとき、精神は幻想郷から引きずり出され、現実の世界で目を覚ますことになる。

これを逆に考えると、夢の中で「これは夢だ」と気付くことは、精神の『目覚め』を意味することになる。
とすると、今度は肉体が幻想郷に引きずり出され、精神世界、いわゆる幻想郷で目を覚ます、というわけだ。


ワタシ達も、『精神のみ結界を越える能力』を備えている。
夢の中で、「これは夢だ」ということを強く意識しそれを受け入れることで、幻想郷へと行くことが可能なのかもしれない。



ついでに加えると、メリーと紫が同一人物であるという前述の仮定から、時間軸の流れが浮き彫りにされた。
その全ては“未来のこと”であるとの推察を得た。
とすると、これらのストーリーを詠いあげた上海アリス幻樂団の神主・ZUNさんは
『未来を見通す程度の能力』を備えているのかもしれない。


…最後のはあまり気にしないでください。





と、ここまでまとめておきながら、実はまだ終わらない。
これを書いている途中で、あることを思い出した。

東方香霖堂。

ここに出演しているのは誰だ?
霊夢、魔理沙をはじめとして、咲夜、レミリア、そして紫。

あ〜あ東方3作品のキャラ達だよ!

そして扱っている品物に、CDプレーヤーやら合成された右腕の骨やら、
極端に現代っぽいものがあるじゃあないか!!


…さて、どうなる?
仮説では東方3作品の時間軸は秘封倶楽部よりも未来のことじゃなかったですかね?
…香霖堂は、まぎれもなく現代じゃないか。
もしくは、未来世界で骨董品もしくはがらくた扱いされている現代の品が香霖堂に流れついているのか?
それはちょ〜っと無理がある考え方ですかねぇ。




まずひとつ考えられるは、“輪廻”の考え方。

現実世界と幻想郷での時間の進み方など、明らかになっていない部分はいくらでもある。
『現代→秘封倶楽部→東方3作品』の流れを頑なに主張するのであれば、
これを『現代→秘封倶楽部→→→東方3作品』としてしまえばいい。

つまり、現代から年月を経た未来に秘封倶楽部の活動する時代が来るが、
その後一度人類滅亡、そして歴史は繰り返す−と、そういう考え方。
メリーはいつぞやの時点ですでに幻想郷入りを果たし、紫に。
そして再び迎えた現代世界と平行して、東方3作品の時代が存在する。
もちろん滅亡するのはこちらの世界のみで、幻想郷は変わらぬ日常を送っているわけです。
滅亡するといっても、地球が崩壊・再構築するほどではないですよ?ここでは。

こう考えれば、未来に生きるメリーが現代ですでに紫として存在することも、
香霖堂と東方3作品が同じ時間軸であることも説明がつけられる。
…紫の年齢はすさまじいことになりますがね!

いささか強引ではあるが、今までの仮説に沿った考え方はこれしかできなかった。




さてもうひとつの考え方は。
今までの仮説を完全にひっくり返すものとなる。

時間軸の流れを

現代=東方香霖堂=東方3作品→秘封倶楽部

として考えることだ。


こう考えると、メリー=紫説は完全に否定されることになる。
メリーが見た紅魔館のお手伝いさんも、咲夜だったのかもしれない。

これに関してCDから読みとれる情報は無い…というか、あくまで解っているのは
『現代→秘封倶楽部』の流れだけだ。
上記の考察だって、結局はこれにメリーと紫との関連説を加えたものに過ぎない。

よって、ここからは全て推測で話を展開させていくことになる。



まず、第2回東方トーナメントで投稿された絵にこんなものが

メリーは紫の娘、ね…

まぁどうせ全ては推測の元で進める話なので正しいかどうかの論議は重要ではない。
ワタシとしては、生き別れの娘にしてはメリーの年齢が若すぎるように思えてならない。
それは上での考察によって秘封倶楽部の活動時代が近未来としたからだが。

それに、紫の娘が生き別れで結界を超え、こちらの世界に居るということもあまり納得がいくものではない。
紫の娘ならばやはり幻想郷に居るべきだ。たとえ生き別れたとしても。
いくらなんでも、紫自身がうっかりスキマに我が子を落としてそのままほったらかしなどと…
そんなことは考えたくもない。


だが、似通った能力・外見を持ちながら一切の関わり無し、とするのはどうも気持ちが悪い。
そこで、先祖の血縁と考えるのはどうだろうか。
幻想郷に博麗大結界が張られたとき…もしくはこれ以前で、
八雲紫として幻想郷に住み着いたものとメリーの先祖としてこちらに住み着いたものと、分かれることになった。
紫とメリーのルーツを同じものとする考え方である。

これなら、時間軸の矛盾に悩まされることもなく、またメリーと紫の関連性も失われることはない。




追記〜猫屋敷ナユタさんによる考察

掲示板の方で猫屋敷ナユタさんが、メリーと紫の名前の接点にまつわる
非常に興味深い話題を書いてくれましたので、それをまとめてみました。

まずはこちらのページを一読あれ。

マルベリー(mulberry)という、ヨーロッパで色名として用いられている言葉。
単語の意味としては、桑の実という意味、そして桑の実の熟したような暗い紫色を指す。
また、英語ではマーリー(murrey)とも言うらしい。

…メリーの本名・マエリベリー、それとマルベリー…
似てる。

それに、このページの冒頭で述べたラフカディオ・ハーンの話から『ハーン=八雲』を合わせると…
マエリベリー・ハーン → 紫・八雲

おお!それまででは片方の一致でしかなかった名前がすべてぴったり一致!!


ここから話をさらに一歩進めてみよう。
ベリー(berry)という単語は、『実』という意味を持っている。
『マエリベリー』から『ベリー』を除くと『マエリ』となりますが、
マエリ → マエリー → マーリー
これも非常に似通ってますね。マルベリーとマエリベリー、よりも。

とすると、マエリベリーの『マエリ』が紫、『ベリー』が実を表すとなると…
マエリベリーで紫の娘?!


先の考察において、紫が実の娘をほったらかしにしているとは考えたくないと書いたが、
逆に考えると、その娘を幻想郷に居させておくべきではないと判断したのだとも考えられますね。
メリーは妖怪の血よりも人間の血の方が濃かったから、とか。
紫は境界を操る程度の能力を持つ妖怪だが、
そのため自身の人間と妖怪の境界もそれなりに自在なんだろう。


これで、メリーと紫が同一であるにしろ娘であるにしろ、かなりの関連性があることが判明しました。


ついでに、先ほどのページに書かれていることですが、
近年、マルベリー、桑の実色は時代の流れにより姿を消しつつある単語である、と。
時代の流れから姿を消しつつある、で、東方香霖堂2話の朱鷺の話を思い出した人も少なくないのでは?
朱鷺も幻想の鳥になってしまったのか、という話でしたが…

マルベリーは、幻想のものになりつつある。
これは、マエリベリー・ハーンが幻想郷と現実を行ったり来たりしている状況に掛けているのだろうか。
メリーもまた、幻想郷の生き物となりつつある…ということか。
『なりつつある』というのは、大概の場合『いずれなってしまう』という意味を内包すると思われますが、
つまりメリーがいずれは現実に帰ってこれなくなることをも暗示しているとでも?







…とまぁ、これにて考察は終了です。ようやく。
メリーと紫が同一人物か、はたまた娘か血族か。
どちらの結論もそれなりに上手く筋を通せたんじゃないかなと思いますが。

実はもうひとつの選択肢が残ってますね。
メリーと紫には全く関連性は無い。偶然能力が似通ってるだけの完璧な別人。
…これだと全ての話に矛盾は生まれないと思いますが、その分考察する余地は無くなるどころか、
考察する意味・価値すら失われてしまいます。
そのため、この考え方だけは棄却したいと思ってます。


あとは秘封倶楽部の活動する時代についての考察ですか。
これももちろん正しいとは思ってませんが、論理的展開は上手くできてると自分では思ってます。



話が二転三転しましたが、ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
自分ではここはこう考える、等の意見・見解、感想ありましたら、
メールをはじめ掲示板でもweb拍手でもかまいませんのでどうぞ。



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